なぜ、今、日本でDXが議論されるのか 〜 注46

公開: 2021年5月2日

更新: 2021年5月30日

注46. 正規社員の解雇を無効とする判例の考え方

日本の労働法は、最初、ヨーロッパ諸国、特にイギリスの労働法になぞらえて、明治時代に制定されたものである。この法律は、現代の日本では一般的な終身雇用を前提としたものではなく、ヨーロツパや米国の社会で一般的な、被雇用者が雇用者と締結する、従事する職務とその雇用条件に関する雇用契約を基礎としたものであった。しかし、この雇用契約に基づいた企業と従業員の間の関係と権利を規制する法律は、時代の経過とともに日本社会には適合しなくなっていった。特に、第2次世界大戦が近づきつつあった昭和初期から、終身雇用を前提とするよになり、基本となる雇用契約に、従事する職務の具体的な記述がなく、企業への従業員としての所属だけが記述されている現実との乖離が問題になっていた。

この問題に対処するために、日本企業、特に大企業では、雇用契約の不備を埋める方法として、就業規則を規定し、そこに拘束時間、賃金、休暇の取り扱い、そして、転勤や所属の変更、そして解雇などについての細則を記述するようになった。裁判所も、就業規則を雇用契約を補う公的な資料として認めるようになった。この慣習は、第2次世界大戦に敗戦した後も、日本社会において踏襲された。さらに、当初は、大企業のように就業規則を規定していなかった中小企業でも、戦後の日本社会においては、中小企業でも、就業規則を定めることが一般的となった。

1946年以降、労働組合の組織化が認められ、大企業では、企業単位での労働組合が結成された。元来、ヨーロッパや米国の社会では、企業が労働市場で労働力を調達することになっているので、労働市場に労働力を提供する組織として、労働組合カルテルが存在していた。企業が労働力を必要とする時、労働市場に対して期待する労働力を投入する仕事の職務記述書を提示して、労働組合がその職務内容を調べた上で、適切な人材を選び、企業との間で、協議を始めるのである。決して、企業が直接、労働者個人と雇用について協議することはない。しかし、明治時代から、そのような労働者カルテルが存在しなかった日本では、1925年前後から、大企業の場合、各企業で従業員が加入する企業別組合が設立されるようになった。この慣習が、第2次世界大戦後も、日本社会には受け継がれたのである。

この問題は、結果として企業内に第2組合を設立する社員が出て来たことで、矛盾が表面化した。いわゆる第2組合は、企業側の意向に関係なく、労働者の主張を掲げて、雇用主である会社側と、対等の立場で協議を行う姿勢を示す例が多かった。例えば、労働条件、賃金の引き上げ、転勤、解雇などの問題について、企業側の立場を理解する第1組合とは、違う姿勢なのである。このため、第2組合の組合員は、企業側と激しく意見を戦わせることになる。この問題に悩んだ企業側は、第2組合に所属する社員の、解雇、転属、賃金上の処遇などを利用して、切り崩しを図ろうとする事例があった。このような事例では、第2組合に所属する社員が、企業側の処分が法令違反であるとして、裁判に訴える例も少なくなかった。

そのような裁判で、裁判所が示した判決では、特に企業側の処分が解雇となっていた場合、判決で、「不当解雇」とされる例がほとんどであった。例えば、1975年12月24日に長崎地方裁判所大村支部で出された242-14の判決では、「余剰人員の整理を目的とした整理解雇は不当である」とされた。このような判決が続いたため、企業の人事担当者の間では、不況下で人員に余剰があっても正規社員の解雇は、基本的に認められないと認識するようになり、企業側から「解雇」を言い渡す事例は、ほとんどなくなった。しかし、従業員に対して、「自己都合理由の退職届け」を提出させるように仕向けるやり方は、1990年代から、増加し続けている。

日本の裁判所では、労働者の雇用を維持することと、労働者が従事する仕事の内容を維持することのどちらが、より重要であるかを考える。日本社会では、労働者が一度、職を失うと、再び職に就くことが容易でなく、また、労働者の家族の生活を維持する上で、安定した雇用を維持することが、社会的に極めて重要な課題であることから、従業員を解雇する場合には、あらゆる回避手段を検討し、従業員が納得した上で、解雇しなければ、「解雇権の濫用」になると認識されている。

解雇権の乱用とされた解雇理由の例は、以下のようにものがある。

  • 年次有給休暇を取得したことを理由とした解雇
  • 労働組合に加入したこと、組合を結成したことを理由とした解雇
  • 企業の法令違反を通告したことを理由とした解雇
  • 労働者の性別を理由とした解雇
  • 結婚、妊娠、出産、育児等を理由とした解雇

参考になる読み物

日本の雇用と労働法、濱口桂一郎、日経文庫、2011